その治療、本当にする必要があるの?

歯医者は技術職ですから、良い治療を提供するには日々の勉強が必要。何回も専門書を読んだり、セミナーに出かけたりしています。

そうして  “身につけた技術” とともに生じるのが “治療へのこだわり”。 でも、こだわり過ぎも良くないんですよね。

アポロニアという歯科雑誌に「安田編集室」という ”歯科業界に物申す” といったコーナーがあり、気に入った記事を切り抜いています。

その中の記事をひとつ紹介しましょう。

雑誌の切り抜き

(以下「アポロニア」より抜粋)

…「過去に歯科で怖い思いをした」というのは、どの先進国でも同じでしょう。

これは、比較的簡単に克服できると思います。

今後は「怖い思いをさせない」ことにすればよいのです。

歯科医療が人々にとって怖いのは、不可逆的で痛みを伴う介入を、

必要性がそれほど高くないのに「きちんとしなければならない」と歯科医師側が勝手に思い込んでいるからです。

臨床研修を上がりたてのような若手のうちは、「〇〇しなければならない」ということに疑問を差し挟む余裕はないでしょうが、

自分の症例の「その後」に関心がでてくるころになれば、

本当は不必要な介入ではなかったかという自分への問いかけは、医療者として当然必要だと思います。…

 


 

その通りですね。

歯医者は専門職ですから治すための高い技術を持つことが必用です。

せっかく身につけた技術なのだから駆使したいという気持ちにかられますが、しかし、必用以上に技術を使うのは良くないこと

C0やC1は削る必要はないでしょうし、奥歯の歯が無くなっても食事できるのならインプラントする必要はないかもです。

多少の違和感程度なら、無理に再根管治療しないで経過観察するのも手段のひとつです。

このコーナーの違う記事には下のようにも書いてあります。

 


 

(以下「アポロニア」より抜粋)

過剰な期待を抱いた人々が、「夢の治療法」を求めてさまよっています。

…中略…患者さんが一番ほっとした表情を浮かべるのは、他院で「しなければならない」といわれていたことを、私が

「やってもやらなくてもいいのではないですか」

「もう少し簡単な方法で様子をみましょう」

と伝えたときです。

「夢の治療法」のうち、侵襲の大きいものや金額の高いものは、患者さんにとっても負担なのでしょう。

医療界、とりわけ歯科の領域では「〇〇しなければならない」という言説であふれていますが、「必用ないでしょう」という一言が、患者さんを安心させる側面もあるのです。

…中略…

最近遭遇した患者さんのうち一人は、私なら1本義歯かブリッジで済ませるたった1本の先天欠損に対して、4年がかかりの矯正と歯冠修復、

その後、増骨手術を伴うインプラント補綴を提案され、すでに矯正が終了して200万円の支払いをしたそうです。

インプラントを含めた全体的な治療計画と見積もりでは、600万円を要求されたとのこと。

すでに一定の金額を払っているので、「ここでやめるのはもったいない」という意識が、過剰な治療(?)を受け入れる気持ちにさせていたようですが、さすがに限界を感じ、私の所に来たようです。

…中略…

ー大変な金額ですが、いわゆる「悪徳歯医者」なのでしょうか。

ー恐らくそうではないでしょう。

審美系のこだわりの強い歯科医師が「きちんとした治療を完全にするには、これが必用だ」と信念を持って、

それに見合う価値が600万円だと信じ込んでいる可能性が高いと思います。

…中略…

ここまで来ると、社会一般の理解や共感を得ることは極めて難しく、最初に問題視したADAの「おせっかい」などという域を超えて、むしろ社会に損失を与える存在になっているのではないでしょうか。

そのことに危機感を覚えます。

(アポロニアより抜粋終了)


 

同じようなことをおっしゃる方は、年に何回か、内田デンタルにもお見えになります。

過ぎたるはなお及ばざるが如し。何事も “こだわり過ぎ” は良くありません