保険証のイラスト

 

入れ歯には保険と自費があります。

保険診療は「経済的な負担が少ない」というメリットがあり、多くの方が保険で入れ歯をつくっています。ご希望の場合は、遠慮なく「保険でお願いします」とお伝えください。

​なお、保険の入れ歯は厚労省より指定された材料を使うため、レジン床という厚みのある材料になります。(薄く装着感の良い入れ歯(金属床義歯)を望む場合は自費の義歯をご希望ください)

また、保険の入れ歯は

「人工歯がとれてしまう」
「入れ歯本体が割れてしまう」

といったトラブルがときどき起こりますので、その点は事前にご理解ください。

 

保険の入れ歯

  

保険の入れ歯はレジン床義歯、熱可塑性義歯の2種類があり、わたしは熱可塑性(ねつかそせい)でつくっています。

熱可塑性義歯は、2008年より保険適応された新しい材料の入れ歯で、 重合済みの材料を高温で柔らかくして作ります。

熱可塑性義歯の材料

従来からのレジン床義歯は加工時の重合収縮が大きく、出来上がった入れ歯は合わないことが多いですが、熱可塑性義歯は、あらじめ重合した材料ですので加工時の収縮がなく保険でも合う入れ歯となります。

しかし、熱可塑性材料特有の問題点もあります。

人工歯が脱離した熱可塑性義歯

熱可塑性材料と硬質レジン人工歯は材質の違いから化学結合しません。ですので、保険の入れ歯は人工歯が脱離しやすいです。

(1週間程度で取れたことが、過去に数例あります)

もし人工歯が取れても修理で直せますの、取れた人工歯は失くさずにお持ちください

割れた熱可塑性義歯

また、保険の入れ歯はプラスチックなので強度に限界があり、
咬む力が強い人、食いしばり、噛み締めがある人などは、早いと数ヶ月で割れます

一度割れてしまった場合、そこから再度割れますので新製となります。

ご存知の方も多いと思いますが保険の入れ歯は半年は新製できません。

ですので、もし作ってから半年以内に割れてしまった場合、しばらく修理した入れ歯で過ごすかたちになります。

 

​入れ歯治療の進み方

模型上のロー義歯

入れ歯が上手くいかない人は『咬み合わせ平面』が曲がっているケースが多く、これを修正しないと噛める入れ歯にはなりません。

​​といっても、なかなかイメージできないと思いますので、各ステップを下に示しました。

 

現在の状態を良く調べます (通常1~2回)

入れ歯の要素

現在の状態のまま、すぐに入れ歯を作成しても上手くいかないケースが多いです。
まずは、土手の状態、残っている歯の状態、咬み合わせを調べて不具合の原因を探ります。

やじるし

使用中の入れ歯を修理します (通常1~2回)

入れ歯の調整
​新しい入れ歯をつくる期間は最低でも1ヶ月必要。ですので、今使用している入れ歯が不調の場合は、修理をおこないます。

やじるし残存歯の治療、歯周病の治療
(状況に応じ、治療回数が異なります)

上下のセッコウ模型
※この工程を省くと入れ歯は失敗します。

部分入れ歯の場合、どこかの歯にバネがかかりますので、スムーズに入れ歯が入るように歯のかたちを整えます

被せ物をはずし、新しい入れ歯用に被せなおす場合もあります。

歯周病のまま入れ歯をつくると後々に不具合が出ることがあるので、歯周病の治療もおこないます

 

やじるし

入れ歯の咬み合わせラインを修正
(残存歯の治療、歯周病の治療 と同時におこなうことが多いです)

不均一な咬合平面
※この工程を省くと入れ歯は失敗します。

入れ歯には治療の目安となるお顔の基準平面があり、その平面と咬み合わせが合うように咬み合わせラインを整えます。この『咬み合わせラインの修正』は長期間になることが多いです。

やじるし

既成トレーによる型どり(1回)

ディスポーザブルトレー
​既成トレーでおおまかな型取りをして、オーダーメイドのトレー(個人トレー)を作ります。やじるし

オーダーメイドトレーによる2回目の型どり(1回)

筋圧形成後のシリコン印象
粘膜の状態、骨の状態を取りこむ、入れ歯用の特殊な型どり(筋圧形成をおこないます。やじるし

入れ歯の咬み合わせを記録(通常1回)

咬合採得をしているところ
咬合床という装置をつくり、入れ歯の咬み合わせを記録します。

やじるし

入れ歯の試し入れ(通常1回)

排列が終わったロー義歯
​入れ歯が完成する一歩手前の段階(ロー義歯)で、試し入れをおこないます。 修正が必要な場合はこの時に直します。やじるし

入れ歯の完成

完成した部分入れ歯
出来上がりです。 入念に調整し、問題がないことを確認したのちにお渡します。やじるし

 

調整 (通常4~5回)


新しい入れ歯を使用するとあたりがでる場合があります。 調整してあたりを取り除き、なじませます

やじるし

メンテナンス


1ヶ月~半年の間隔でメンテナンスをおこないます。

 

 

入れ歯治療の通院期間について

わたしの診療所で入れ歯を作る場合は、入れ歯を作る前に、咬み合わせ平面から飛び出ている歯を短くしたり、現在入っている被せ物やブリッジを除去して仮歯にする、といった『咬み合わせ平面の修正』をおこなっており、この『入れ歯を作る前の準備期間』が週に1回通院したとしても数カ月~1年、場合によっては1年以上の期間となります。

そのため「一度に何回かの予約を入れたい」とおっしゃる方がときどきいらっしゃいますが、その人だけ特別に複数回の予約を入れる、ということはしておりませんので、通院する場合はその旨をご了承ください。

 

保険の入れ歯 治療例

壊れた部分入れ歯

「歯が抜けて入れ歯が合わないので、新しく作ってもらえますでしょうか…」
とおっしゃって、来院された方の例をご紹介します。

上の入れ歯がいつも壊れてしまうそうです。

やみくもに新しい入れ歯をつくっても上手くいきません。お口の中全体を見て、入れ歯が上手くいかない原因を調べます

前歯が抜けた下の歯

下の歯は1本抜けています。

下顎前歯による突き上げ

前歯の突き上げが強く、上の入れ歯が壊れます。

高さ修正が必用な箇所

×の部分はカットしないといけません。

斜めの咬合平面

咬み合わせ平面が斜めに曲がっています。
これだと左右の奥歯へかかる力が違うため、入れ歯が回転します。

歯周病による出血

歯周病にもなっています。

このまま新しい入れ歯を作っても、おそらくまた壊れますお口の中全体を治してから作る必要がありますが、どうされますか?」と伺いました。

すると「先生のやりやすい方法でお願いします」とのお答えでした。

応急修理した入れ歯

下の歯を黄色いラインでカットし、修理用の前歯をつけました。

残せる歯と抜歯の歯

×は残念ながら抜歯です。 〇には被せものをつくります。

高さ調整した入れ歯

3ヶ月かけて虫歯と歯周病の治しました。
入れ歯も修理を重ね、咬み合わせ平面を修正しています。

ワンピースフレームのロー堤

虫歯、歯周病が治り、咬み合わせの問題が無くなったので、下の入れ歯をつくり始めます。

型をとり、フレームを仕上げました。

咬合採得の最中

咬み合わせを記録し、技工所へ出します。

人工歯を排列したロー堤

出来上がったロー義歯(プラスチックを固める前の入れ歯)を試適し、問題ないので再び技工所へ出しました。

完成した部分入れ歯

下顎の保険の入れ歯が完成したので、
上顎の入れ歯をつくり始めます。

新制した全部鋳造冠とクラスプを、口腔内にセットした状態

仮歯を外し、銀歯をセットしました。

筋圧形成しているところ

「筋圧形成」という入れ歯用の型取りをおこないます。

咬合採得しているところ

型を技工所へ渡し、入れ歯のフレームをつくってもらい、咬み合わせを記録してから再び技工所へ戻しました。

試適しているロー義歯

技工所から戻ってきたロー義歯を試適します。 問題ありませんでしたので技工所へ戻します。

完成した上顎義歯

保険の入れ歯が完成しました。

装着した上下顎の新義歯

「おいしく食事できるようになりました。ありがとうございます」とおっしゃっていただけました。

治療期間は6ヶ月です。

入れ歯の半年ルール

国民皆保険は費用負担が少なくてすみ、日本が世界に誇る優れた社会インフラだと思いますが、診療上の制約も多いです。

70代の方が「入れ歯にヒビが入ってしまいまして‥」とおっしゃって来院された例をご紹介します。

割れた入れ歯

拝見すると確かにヒビが入っています。

通常ならば新しい入れ歯をつくるのですが、この場合はそうもいきません。

揺れている前歯

上の歯の一本が大きく揺れているからです。

痛くはなく、出来ることなら歯を抜きたくないとのことで、そのまま様子をみているのですが、残念ながらいつ抜歯になってもおかしくありません

抜歯になると、その時には入れ歯の新製が必要。

そして、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、入れ歯は健康保険制度では半年に一回しかつくれません

今回新しくつくってしまうと半年以内に抜歯になった場合、入れ歯がつくれなくなります。

修理した入れ歯

ですので、上のように修理し状況を見守ることにしました。

厄介な保険のルールです。

入れ歯の張り替え

微笑んでいるおじいちゃん
長期間入れ歯を使っていると、顎骨がやせて入れ歯がゆるくなります。

そうなった場合、たいてい新しい入れ歯をつくりますが、入れ歯の裏面を張り替える「リベース」という方法もあります。

古い入れ歯の裏面

裏面を削っているところ

入れ歯の裏面を一層削除します。

リベース材の挿入

削除した面に材料を流し込み、お口の中で硬化させます。

リベースした入れ歯

出来上がりました。

口腔内装着状態

落ちなくなりました。これでしばらく大丈夫。

なお、入れ歯が落ちるのは咬み合わせが原因のことも多く、その際はやみくもに張り替えをしても上手くいきませんので、あしからずご了承ください。

保険の入れ歯の今後

保険の入れ歯は日本有数の大型技工所(成田デンタルhttps://www.narita-d.co.jp/about/index.html)と提携しているのですが、2020年代に入ったころから「保険の入れ歯を作る技工士の高齢化および若手技工士の不足が顕著で保険義歯の安定供給が徐々に難しくなるかもしれない」と担当アソシエイトから報告を受けています。

実際に2025年にはOPCデンチャーという名称の維持装置と金属フレーム一体型の保険義歯の技工所からの供給が停止しました。

(レジン床義歯という種類の保険の入れ歯は通常通りに供給されています)

OPCデンチャー休止

保険診療の価格は国が決定しますが、入れ歯関連の診療報酬は近年の物価の値上がりに見合う対価となっていません。

技工士養成学校の入学者数インフレにも関わらず保険の入れ歯の報酬がほとんど増えないため、若い技工士さんの大半は見切りをつけて保険の入れ歯を作らなくなっています。

そのため、保険の入れ歯を作っているのは50代以上の技工士さんがほとんどですが、60代後半~70代の技工士さんの引退がありますので、現状のままだと2030年ごろには技工士不足によって保険の入れ歯の安定供給が難しくなるのではと感じています。

そもそも保険の入れ歯が技工士さんの生活を犠牲にして成り立つシステムであることがおかしいのです。

保険の入れ歯が安すぎるために技工士さんの報酬が増えずに、技工士不足になっていることが問題の本質なので国による改革が必要です。

 

<関連サイト>

歯科技工士不足が招く、健康保険で入れ歯が作れなくなる時

「入れ歯難民」 技工業界の問題(https://giko4.com/%E3%80%8C%E5%85%A5%E3%82%8C%E6%AD%AF%E9%9B%A3%E6%B0%91%E3%80%8D/)

入れ歯作る歯科技工士がなり手不足のピンチ 過酷な勤務実態(https://news.yahoo.co.jp/articles/614f7c118719f555cbef8137080742f8668e2455)

 

まずは入れ歯で

いずれにしろ、わたしは歯が無くなったときにインプラントを勧めるのではなく、「まずは入れ歯で」といった方針。

自分の技量の範囲でですが、入れ歯で困っている人の力になれたらと思います。

 

いろいろな歯医者のホームページを見ると…

いろいろな歯医者のホームページを見ていると、マイクロスコープやインプラントなど、自費治療の優位性をうたっているものが多いです。

もちろん、わたしも自費治療をおこなっていますし、その良さを皆さんにお話ししています。

ただ、実際にWeb経由でいらした患者さんと話しますと、こうしてインターネットを見て歯医者を探している方の半数以上は
「そんなものすごい自費治療でなくて、保険診療をしてほしい」のではと思えます。

世の中それほど経済的にゆとりがある人ばかりではありませんし、患者さん全てに最先端の治療が必要ではないからです。

実際、お越しになる患者さんの半数以上はどこかが欠けた、取れてしまったなどの軽度の症状や、重度であっても保険治療を望む方々です。

そのようなこともあり、当院は保険診療をしっかりとおこなっています。

保険証と男性・女性