治療器具が入った歯根

虫歯が大きくなり神経に届いた場合、歯の根の治療をしないと治せません。

歯の根の治療は「根管治療(こんかんちりょう)」と呼ばれ、最近の歯科治療では注目されている分野のひとつ。

なぜ「根管治療」が最近注目されているのかというと、歯医者ごとに治療のばらつきがあるから。

ちゃんと治療しようとすると手間がかかる分野なのですが、その割に保険点数が低く、歯医者の先生の良心が試されるところなのです。

 

ラバーダム防湿で、根管治療の成功率を上げています

ラバーダムを装着したところ

「何をもって成功か」 の定義にもよりますが、術後に不快症状がでたり、根の炎症がなかなか取れないことがあり、根管治療の成功率は100%ではありません。

上手くいかないときの理由はいろいろ考えられるのですが、大きな原因のひとつに治療中に唾液が侵入し、根管が細菌感染してしまうことがあります。

そこで、わたしは上の写真のように、歯に薄いゴムのシートをつける 「ラバーダム防湿」という方法をしています

ご存知の方もいるでしょうが根管治療のときに「ラバーダム防湿」をおこなうと、唾液の侵入が防げて治療の成功率が上がります。

内田デンタルに初診で来院される方のなかには「ラバーダムをしてくれると聞いたから」とおっしゃる方もいますので、一般的にも知られてきた方法なのかもしれませんね。

さて、このラバーダム防湿を日本で日常的におこなっている歯科医院はけっこう少なく、わたしも始めたのは開業後10年近く経ってから。

ちょっと、データを載せてみます。

日本の根管治療の現状

論文の表紙

2011年に東京医科歯科大学 歯髄生物学分野の 須田英明教授が「わが国における歯内療法の現状と課題」という論文を出しています。

ここには「実際にラバーダムを必ず使用するのは、一般歯科医師で5.4%、日本歯内療法学会会員でさえ25.4%に過ぎなかったと報告されている」とあります。

ただ、日本の現状がこうなっているのには理由があります。

日本において、ラバーダム防湿の保険診療での扱いはひどいもので、2008年に再診料の点数に包括されて項目から消え、材料費が出なくなってしまいました。

須田教授の論文には「保険診療における歯内療法の低評価は誰もが認める事実であり、~中略~  現在の保険診療体制下において、わが国の根管処置料金を米国並みにするのは不可能に近い」とも書いてあります。

日本の健康保険制度の問題点です。何とかならないものでしょうか…

どうしてラバーダムを始めたか、というと…


ラバーダムを装着したイラスト

では、そんな日本の保険制度の中、どうしてラバーダムを始めたかというと…

わたしが日常的にラバーダムを始めたのは、実際に治らないことに遭遇したからです。

開業して10年たったころ、上顎前歯2本に自費の被せものをするケースがありました。

治療を始め、仮歯をいれるために歯を削ったところ神経が露出し、根菅治療に移行しました。虫歯のない、まっさらの歯でしたので、その時点で根管の感染は生じていません。

ただ、そのときはラバーダム防湿をしていなかったので唾液侵入による感染が生じたのでしょう、根管からの膿、強い打診痛がでてしまいました。

「これはマズイ…」そう思いながらも、根管にいれたガッタパーチャというクスリを全て溶かし、膿が消失するまで何回も来院していただき消毒を繰り返しました。

その結果、幸いにして症状はとれましたが、「このまま治らなかったらどうしよう」と非常に悩み、苦心しました。

同じようなケースが他にも何回かあり、そのような根管治療の失敗があった結果、一念発起して、ラバーダムをはじめたかたちです。

あなたが避けたいことのひとつに 「抜歯」 があるでしょう。

ラバーダムをすると消耗品コストは生じますし、装着にかける時間も必要です。でも… ラバーダムをしていれば、「抜歯の可能性」が減ります。

誰だって、自分の歯を失うのはイヤですよね。

歯を残すことを大切に考えれば、やっぱりラバーダムをしないとです。

根の病気を治すには根管内をどれだけ無菌化できるかがポイント

ネオクリーナーセキネ

わたしは根管治療中は、次亜塩素酸ナトリウムというクスリ(根管洗浄剤)を根管内に常に満たしておきます。

このクスリにはタンパク質の溶解作用があり、根管内に残った細かい神経や細菌を溶かしてくれます

病気の原因となる細菌が溶けて減っていくので、根の病気が治っていくわけです。

ただ、このクスリにはかなりの刺激があり、ラバーダムをして口の中に漏れないようにしないと治療どころでは無くなってしまいます。

根管洗浄中

わたしが「ラバーダムを使っていて良かったな」と思うのが、このクスリを大量に使えること

フレッシュな状態でないと効果が出ないクスリなので、ひんぱんに古い液を吸い取り、常に新しい薬剤を満たして治療をおこないます。

根管治療のおおよその治療回数

根の治療の進行図

「歯の治療は期間が長い…」そんなイメージがあると思いますが、その最たる原因が根管治療。

長期間の通院になると患者さんの途中中断リスクが増えるので、なるべく短い通院回数で終わるように考えています。

でも、だからといって根管治療がいい加減になって、歯根の途中に段差が生じたり、穴があくと、最悪その歯を失うことになります。

根の中は細く見えにくいため、慎重に器具を扱わないといけません。そのため一気に治療を進められないのです。

根管治療は比較的長期の治療ですが、歯を残すためには必要な処置

なお、内田デンタルにおける根管治療のおおよその回数は下のとおり

<前歯> 2~3回(あくまで目安です)
<奥歯> 4~5回(あくまで目安です)

(治りにくい根管の場合、さらに回数が必要なこともありますが、なにとぞご理解をお願いいたします)

根管治療をおこなった実例を一つご紹介したいと思います。

右下奥歯が痛い…

「右下奥歯が痛い」とおっしゃって来院した方のケースです。

パノラマレントゲンで根尖病変を発見

1週間前より右の奥歯に違和感を感じ、3日前から噛むととても痛く、ひとまず休日応急歯科でもらった痛み止めを飲んでいるとのこと。

レントゲンを撮ると奥歯の根の先に、大きな膿が溜まっていました。

根の先に溜まった膿

装着されていたブリッジと金属の土台を外したあとに、根管治療をはじめます。

このケースは根管治療に5回かかりました。

初回はブリッジと金属の土台の除去。しっかりと入った金属の土台を外すのはとても大変です。

2回目は、根の先に入っているガッタパーチャという薬を溶かして除去。3回目、4回目は根管内の不純物を取り除く “根管拡大” という治療。

5回目になって、やっと根の中に最終的な充填剤を入れることができました。

根管治療後

大きい病巣だったので、仮歯をいれて経過観察していきます。根管治療に問題がなければ、膿は小さくなるはず。(なお、わかりやすいように “膿” と書いていますが、正確には”歯根肉芽種”と言う状態です)

治療後3ヶ月

3ヶ月後にレントゲンでチェックしたところ、病巣は縮小していましたが「噛むとまだ痛いことがある」とのこと。もうしばらく経過観察です。

治療後6ヵ月

6ヵ月経ってレントゲンを撮ったところ、完全に骨ができて根の先の膿は無くなりました。”問題なし” と判断して保険のブリッジを装着しています。

治療後6ヵ月で膿は消失

 

もう一例ご紹介します。

ラバーダムをして治療した結果、抜歯にならなかったケース

約1ヶ月前に左下の歯に押されるような痛みを感じ、前医(夜遅くまで開いている歯科医師会に入っていない某歯科)を受診したところ、「神経の先に膿がたまっている」との説明で、神経をとり、抗生物質と痛み止めをもらったそうです。

その後激痛が生じ、ロキソニンを飲んでも効かないため、2日後に仮ふたを除去。

しかし1週間たっても痛みがとれず、何度か “仮ふたをする→外す” を繰り返したうえ、顔の左半分が腫れだし、麻酔をしたような感じになってきたため、

「これはもう、どうにもならない…」といらした方です。

顔の左半分が腫れてきた…

お口の中を拝見すると、左下前から5番目の歯に、根の治療をしている形跡がありました。

心配なのは、”顔の左半分が腫れだし、麻酔をしたような感じになってきた”  ということ。

下顎の前から4番目、5番目の歯のあたりには下顎を支配する大きな神経の出口があり、そこに影響が及ぶとこのような症状がでます。

顔の左半分が腫れるというのは相当大きな炎症の証拠で、下手すると入院してもおかしくない状態でした。

下歯槽管に膿が届いています

レントゲンをとると、やはり根の先の膿が、下顎を支配する大きな神経に届いています。

すぐ2次医療機関(このときは高崎総合医療センター口腔外科)に連絡し、急患として診てもらったところ、骨髄炎になりかけの状態。点滴をしてもらいました。

このような大きな病巣のときは、抜歯したほうが確実に治るので

「頑張って治療しても治らないかもしれないから、抜いたほうが良いですよ」とお話ししたのですが、「先生… 何とか歯を残せないでしょうか」とのお返事。

そう言われると、わたしとしても頑張りたい心情になります。

「状態がかなり悪いので絶対治るとは断言できませんが、できる限りのことをしてみましょう」という会話になりました。

下は根管治療前のレントゲン写真。

根管治療前

根の先に大きな膿があり、根管は唾液によって相当汚染されています。

「果たして治るかな…」そう思いながらも、根管治療をはじめました。すると… 大きなトラブルもなく、あっさりと3回で根管治療は終了

拍子抜けするほど、簡単に治ってしまいました。

1回目は、虫歯の取り残しをすべて除去し、ラバーダムが装着できるようにプラスチックで歯の周りに壁をつくる治療。この時点では根管内はまだ触りません。

2回目は、ラバーダムをしてから根の中の汚染物質を取り除く”根管拡大”という治療をおこないました。機械によって根の長さを測ってから、ファイルという器具で根管内を綺麗にしながら、次亜塩素酸ナトリウムという薬液で消毒します。

3回目は、綺麗になった根の中にガッタパーチャという充填剤をいれる治療を、ラバーダムをしておこないました。

根管治療後

何の問題もなく噛めるようになったので、CADCAM冠という保険の白い被せものを装着して終了です。

全てのケースが上手くいくわけではありませんので、過剰な期待をもっていただくことは良くないですが、ラバーダムをするとしないでは、治癒率に差が出ることを実感したケースです。

無症状に近いケースは経過観察

根の先にたまった膿

根管治療をすると80~90%ぐらいの方は良くなりますが、10~20%はそのままの状態。

また、症状が改善しても違和感が残ることもあります。

著名な根管治療専門医が書いた本を読んだら

おいしい物を食べることができ、痛みで仕事が手につかないような事が無い。体調によって若干違和感を感じることがあっても、腫れたりすることはない状態が根管治療のゴールと考えてください」

という文章が載っていました。

なるほどなぁ~、と思います。

膝が悪くなって人工関節をいれると、季節の変わり目になどにうずくことがあると思います。

根管治療をおこなった歯もそのような状態といえます。

ですので、根の病気の病変が小さく無症状に近いケースは、無理に治療せず経過観察することが多いです。

ときどき違和感を感じる歯を経過観察しているケース

一例を挙げてみます。

ときどき、うずく歯

「1年半前に治療した奥歯がうずくので調べてほしい」と、来院された方です。

前医で長期間、根の治療をしてなんとか歯を保存したそうですが、ときどき違和感を感じるそうです。

レントゲン写真

レントゲンを撮ると、根の先に膿がたまっていました。

神経を取ると血液による栄養供給・抗菌作用が無くなるので、細菌が住み着きしばしば慢性炎症がおこります。

そしてやっかいなことに治療を始めると炎症が急性化することがあり、治療しても違和感がとれないこともあります。

「治療することは可能ですが、治療の刺激によって炎症が急性化し、痛くなってしまうことがあります。 また、症状が変化しないこともありますし、場合によっては前回の先生のように治療が長期間になってしまう場合もあります

とお話ししたところ、

「それほど気にならないですし、また 長い治療になると大変なのでもう少し様子を見させてください」との返答で、ひとまず経過観察になりました。

無症状の根の病気

もう一箇所、同じような状態の歯がありますが、そこも無症状なので経過観察しています。

根管治療は保険診療でおこなっています

根管治療中の奥歯

根管治療でラバーダムをすると消耗品が発生しますし、装着には時間も取られます。

わたしは拡大鏡で診療していますけど、さらに倍率を上げたくマイクロスコープを買った先生はその出費を取り戻す必要もあります。

そんなことから、世の中には「自費診療で根管治療をしている」歯医者も多いようで、インターネットで「自費 根管治療」と検索するとさまざまなホームページが出てきます。

自費での1本の歯の根管治療費は7万円~15万円ぐらいでしょうか。

そんなサイトによく載っているのが、「保険では納得のいく治療を患者さんにすることは出来ません。ですので、自費の根管治療をおすすめします」というメッセージ。

こういうのがホームページに書いてあるとカッコいいです。

でもそれは、お金のある人に向けたメッセージ。

当たり前のことですが、虫歯になる人全員がお金持ちではありません

「そんなことはない、どんな人だって真剣に歯を治したい場合は通院してきている」

もしかしたら、そういう反論があるかもしれませんが、どう考えても生活キツキツの人が気軽に支払える料金ではありません。

虫歯はありふれた病気で、どんな方でもなります。

年金暮らしの近所のおばあちゃんが歯が痛くなって、初めて来院したときに

「大丈夫ですか。しっかり治しましょうね」ではなく、

「この歯に根管治療をするには10万円必用ですが、どうしますか?」となってしまいます。

そんな会話はしたくないですし、

「痛い・腫れた」を治すのは万人に平等であるべきと思っていますので、わたしは自費の根管治療をしていません。

混合診療について

厚生労働省のビル

また、わたしが自費の根管治療をしないのは、もうひとつの理由があります。

それは、厚労省が 「混合診療の禁止」というルールを設定していて、 根管治療を自費診療でおこなうとその後に保険がまったく適用できなくなるからです

患者さんは、自費で高額な治療費を払うほど高い期待値となりますが、ラバーダム防湿などをおこなったとしても、根管治療の成功率は90%程度

自費で根管治療を始めた歯は保険診療に戻れませんから、残念なことに治らず調子が悪い状態でも 自費の被せもの、もしくは抜歯しか、その後の選択肢がありません。

抜歯も保険では出来なくなり、抜歯後の投薬も保険が効かなくなります。

​保険が効かないと患者さんの金銭的負担が大きくなり、金額について頻繁に患者さんと話し合わないといけない状態、患者さんが治療費が払えなくなり診療をストップせざるを得ない状態、などが予想されます。

​つまり、「保険医が根管治療を自費診療にして高額な費用をいただく」のは、(現在の日本の健康保険制度では)「トラブルのもと」と、わたしは思います。

​​ですので、当院の根管治療はすべて保険診療です。

根管治療のセカンドオピニオン

根管治療のセカンドオピニオン
根管治療は歯医者ごとにばらつきがあり、先生によって治療内容に差があります。

「現在、治療しているのだけれど痛みや腫れが消えない」など、現在進めている根管治療が不安なときは、ご予約をとってご相談にいらしてください。

なお、根管治療中の歯は実際に病気になっている状態なので保険診療で対応できます。